2018年07月22日

水菓子

果物.jpg
奈良・平安時代には「菓子」と言えば「果実」と言われ、
天平時代に、近畿地方の街路樹は漆と共に果樹植えるように
太政官符の発布がなされました。

理由は庶民の通行時の暑気を避け、
飢える者には、自由に取って食すことを許すためという
社会政策だったようです。

今から1200年前にそんな政策があったとは
驚きです!

明治時代に果物が天然菓子と呼ばれ、
「水菓子」の記載で果物が食後のデザートにあるのは、
江戸時代末期に和洋糖菓子が多く出現したのを受け、
過去の伝統の中に根拠を求めて使われるようになったようです。

この天然菓子は、水分、糖分、ビタミン、ミネラルを含むので
現代でもこの酷暑の中食べるのも、たいへん良いと思います。

「いつ食べる?どの果物が身体に良い?」などと野暮なことは言いませんよ。

posted by 寺庵 at 17:44| Comment(2) | TrackBack(0) | 寺庵 つれづれ
この記事へのコメント
1200年前にそんな政策がとられていたなんて知りませんでした。誰でも喉が渇いたらとって食べていいなんて、理想的ですね。
今から梨を食べますね。
Posted by Naomi Komatsu at 2018年07月22日 23:38
コメントをありがとうございます。1200年前はどんな気象だったのでしょうか。きっと今と変わらず、暑い日が続き、作物もとれないたいへんな状況もあったことでしょう。それを乗り越えて今があるのですね。今日も酷暑の一日ですが、がんばって過ごします!

>Naomi Komatsuさん
>
>1200年前にそんな政策がとられていたなんて知りませんでした。誰でも喉が渇いたらとって食べていいなんて、理想的ですね。
>今から梨を食べますね。
Posted by 寺庵 at 2018年07月23日 10:13
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